法律家のための統計数理(7)刑法入門

番外編1

草野数理法務
Author

司馬 博文

Published

2/21/2024

概要
今回は番外編と称し,「刑法入門」の内容を扱う.

君塚さん に今回用いたスライドを特別に公開して良いとの許可をいただきました.どうもありがとうございます.

授業スライド

授業スライド

以降は,講義を通じて筆者が理解した内容の,筆者自身のためのまとめであり,発表者の見解を代弁するものではない.シリーズトップページは こちら

1 刑法の目的と処罰対象

1.1 刑法の目的と機能

刑法の目的:法益保護主義

刑法は 法益 (Rechtsgut) の保護 を目的とするものであり,法益を侵害または危殆化する行為 を処罰対象とする.

法益は,これが帰属する主体に応じて,

  1. 個人法益
  2. 社会法益
  3. 国家法益

に大別される.

次の刑法の条文は,誰のどのような法益を保護していると言えるか?

第二十九章 堕胎の罪 (堕胎) 第二百十二条 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。

これには,すぐに考えつく立場が2つあるだろう.

  1. 胎児の生命
  2. 母体の健康

1の立場では,立場上胎児をある種の「人間」と認めていることになり,2の立場では母体の一部と認めていることになる.

最高裁判所第三小法廷決定昭和63年2月29日 は,行為と結果の時点が分離していることが問題の1つである.というのも,胎児の段階で被った傷害による,出生後の過失致死傷が起こったという事件である.

裁判要旨(の一部)は次のようなものであった,

業務上の過失により、胎児に病変を発生させ、これに起因して出生後その人を死亡させた場合も、人である母体の一部に病変を発生させて人を死に致したものとして、業務上過失致死罪が成立する。

1.2 刑法の処罰根拠

刑法の処罰根拠

これには2つの説がある.

  1. 法益侵害/結果無価値 (Erfolgsunwert) 説
  2. 規範違反/行為無価値 (Handlungsunwert) 説

1.2.1 法益侵害説

1.2.2 規範違反説

刑法とは,刑罰という制裁を予告することにより,人間の行動を心理的にコントロールして,犯罪から遠ざけようとするシステムにほかならない. (伊藤正己 and 加藤一郎, 2005, p. 111)

1.3 刑法と道徳

刑法は,法の中でも道徳と最も密接な関係を持つものであると言われている.刑法は,一般的に,「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」(同法一九九条),「他人ノ財物ヲ窃取シタル者.ハ窃盗ノ罪ト為シ十年以下ノ懲役ニ処ス」(同法二三五条)というふうに,裁判官が裁判をする場合の準則すなわち裁判規範のかたちで規定されているが,その背後には当然,「人を殺してはならない」,「他人の財物を窃取してはならない」という行為規範が前提とされており,これらはそれぞれ,「殺すなかれ」,「盗むなかれ」という道徳律を裏付けるものということができよう.しかし,刑法と道徳とは,必ずしも常にこのような相即不離の関係にあるわけではない.階級対立のある社会においては,階級間の価値意識の分裂に照応して,道徳もまた,支配階級の道徳と被支配階級の道徳とに分かれている.このように複数の道徳が存在する場合に,法によって裏うちされるのは,必ず支配階級の道徳である.従って,支配階級の道徳を反映した法の一環としての刑法と,被支配階級の道徳とは,しばしばするどく対立する.例えば,資本主義社会にあっては,ストライキは被支配階級である労働者がその生存を維持するための最も強力な手段であり,従って労働者にとって組合の決定によりストライキを決行する場合に団結を固くしてこれに積極的に参加することは,当然のモラルである.しかも,資本主義国家においては,このように労働者階級のモラルに忠実な行為がしばしば刑罰の対象とされてきたし,勤労者の団体行動権を保障した日本国憲法の下でさえも,たとえば,公務員のストライキを煽り,そそのかすような行為は犯罪とされているのである. (渡辺洋三, 1993, pp. 216–217)

刑法は国民に対して道徳的な規範を示していると読み取れる.だが,そのことをどう評価すべきかは,筆者はまだわからない.時代と共に変わるべきものであるということは確かである.

2 刑法の体系

2.1 犯罪の3成立要件

犯罪の3成立要件
  1. 構成要件該当性
  • 基本的には 条文に具体的に示されている要件に該当するか ということである.
  • その主たる2大要素は 行為結果 である.
  • これを 客観主観 に分けて議論することも慣例である.
  1. 違法性
  • 刑法の処罰根拠たる 法益への侵害と危殆化 が実現しているか(違法性阻却事由)を判断する.
  • 基本的には,正当行為・正当防衛・緊急避難(第35条から第37条)への該当の有無の判断である.
  • 法益保護の方向性を持った行為ならば,
  1. 有責性
  • 法的避難可能性 の有無のこと.

「構成要件」の段階に「行為」と「結果」をどこまで入れるかが,行為無価値と結果無価値.

「貧しすぎて」は根拠条文がないが,違法性阻却事由になる.これは法益保護の方向だからである (厚生労働省, 2004)

これには「当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否か」を判別する作業を伴う.最高裁判所第二小法廷判決 昭和50年8月27日

2.2 故意の概念

この概念が難しすぎる.

  • 「(構成要件的)故意」とは「犯罪構成要件の認識と認容」である.
  • 「責任故意」とは「違法性の認識と認容」である.

3 令和5年司法試験問題

令和5年司法試験問題論文式試験問題集[刑事系科目第1問]

令和5年司法試験問題論文式試験問題集[刑事系科目第1問]
  1. 甲は、乙及び丙と共に、後記計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。その計画は、

    • 甲が資産家の名簿を見て、現金をだまし取る対象者を選定する。
    • 甲が警察官に成りすまして相手方に電話をかけ、「X警察署の○○です。この度、この地域を担当することになりました。今後、当署からの連絡はこの番号からかけますので、御登録をお願いします。」などとうそを言って、名前と電話番号を告げる(以下、この内容の電話を「1回目の電話」という。)。
    • その翌日、甲が相手方に電話をかけ、「昨日電話した○○です。あなたの預金口座が、不正に利用されている疑いがあります。捜査のために必要なので、お持ちの預金口座に100万円を超える残高があるようでしたら、速やかに全額を引き出して自宅に持ち帰った後、こちらに電話をください。」などとうそを言う(以下、この内容の電話を「2回目の電話」という。)。
    • 相手方に預金口座から現金を引き出させて、自宅にその現金を持ち帰らせる。
    • その後、相手方からかかってきた電話で、甲が、相手方の現金引出しを確認した上、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言う。
    • その約1時間後、乙及び丙が警察官を装って相手方の家を訪ねる。
    • 乙及び丙が、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言い、その交付を受けて現金をだまし取る。

    というものであった。

  2. 甲らは、上記計画に従い、以下の行為に及んだ。

    1. 甲は、某月1日、名簿から現金をだまし取る対象者として高齢の男性Aを選んだ。
    2. 甲は、同日午前10時、Aに1回目の電話をかけた。
    3. 甲は、同月2日午前10時、Aに2回目の電話をかけた。
    4. 甲のうそを信用したAは、預金口座から200万円を引き出して自宅に持ち帰った。
    5. 甲は、同日正午、Aからかかってきた電話に出て、Aが200万円を引き出したことを確認した上、Aに対し、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言った。
    6. 乙及び丙は、甲の指示に基づき、同日午後1時、警察官を装ってA宅を訪ねた。しかし、乙らの姿を見て不審に思ったAが玄関ドアを開けなかったため、乙及び丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した

【事例1】におけるAに対する甲の罪責に関し、以下の⑴及び⑵について、答えなさい。なお、⑴及び⑵のいずれについても、自らの見解を問うものではない。

  1. 甲に詐欺未遂罪の成立を認める立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか。詐欺罪が「人を欺いて財物を交付させ」るという手段・態様を限定した犯罪であるのに、その実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える理由に触れつつ論じなさい。
  2. 1の説明に基づくと、上記 1~6 のうちどの時点で実行の着手を認めることになるのか。具体的事実に即して、それより前の時点との実質的相違を明らかにしつつ論じなさい。

直観的には甲を正犯として罰するべきであると思われる.その方向性で議論するための,厳密な論拠を示すことが求められている.

【事例1】の1の事実に続けて、以下の事実があったものとする。

  1. 甲は、上記計画に従い、某月5日午前10時、名簿から現金をだまし取る対象者として高齢で一人暮らしの男性Bを選んだ上、Bに1回目の電話をかけ、さらに、同月6日午前10時、2回目の電話をかけた。Bは、甲のうそを信用し、同日午前10時30分、預金口座から300万円を引き出して自宅に持ち帰った。甲は、同日正午、Bからかかってきた電話で、Bが300万円を引き出して自宅に持ち帰った旨を聞いたことから、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言い、Bは「分かりました。待っています。」と答えた。甲は、乙及び丙に対し、高齢で一人暮らしの男性Bがうそを信用し、300万円を自宅に用意している旨を告げ、計画どおり、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言って、300万円をだまし取ってくるように指示し、乙及び丙はこれを了承した。
  2. 乙は、甲の上記指示を受け、丙と共にB宅に向かうことにしたが、その道中で、Bを縛り上げてしまえば、より確実に現金を手に入れることができると考え、丙に対し、「ジジイをだますより、縛った方が確実に金を奪える。縛って、金を奪ってしまおうぜ。奪った300万円を3人で分ければ問題ないだろう。」などと言い、丙はこれを了承した。そして、乙及び丙は、Bの手足を縛るためのロープと口を塞ぐための粘着テープを準備した上、同日午後1時、B宅へ赴き、インターホンを鳴らして警察官であることを告げ、Bに玄関ドアを開けさせた。乙及び丙は、直ちにB宅内に押し入り、Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。そして、リビングルームに移動した乙及び丙は、Bが預金口座から引き出してテーブル上に置いていた上記300万円を見付け、同日午後1時10分、同300万円を持ってB宅を出た。その後、乙及び丙は、甲に対し、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をし、それぞれ100万円ずつ山分けした。
  3. 同日午後3時、Bの娘CがB宅を訪れ、緊縛されたBを発見した。Cから上記ロープ及び粘着テープを取り外してもらったBは、立ち上がろうとしたものの、長時間の緊縛による足のしびれでふらついて倒れそうになった。そのため、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言った。Bは、それにもかかわらず、その1分後、Cがその場を離れた隙に、奪われた物の有無を確認するために立ち上がろうとした。その際、Bは、まだ上記足のしびれが残っていたために、転倒して床に頭を打ち付け、全治2週間を要する頭部打撲の傷害を負った。

【事例2】における甲、乙及び丙の罪責について、論じなさい(住居等侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。

【事例2】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。

  1. Y警察署の警察官Dは、【事例2】に係る事件につき、乙に対する逮捕状を取得し、乙の逮捕に向かったところ、乙が細い路地を丁と共に歩いているのを発見した。Dは、逮捕のため、乙に接近しようとしたが、それに気付いた乙が走って逃げ出したため、急いで乙を追おうとした。丁は、乙が警察官に逮捕されそうになっていることを察し、乙を逃がそうと考え、怒号しながら両手を広げて立ちはだかり、道を塞いだ。そのため、Dは、直ちに乙を追い掛けることができず、乙を逮捕することができなかった。
  2. その後、Dは、Y警察署の警察官5名に乙を追跡して逮捕するよう応援を要請した。丁は、警察官による乙の逮捕を妨害しようと考え、Y警察署に電話をかけ、「Y署近くの路上で、通り魔に刺されました。すぐに来てください。」などとうそを言った。そのため、上記警察官5名は、更なる通り魔事件発生への警戒等を行わざるを得なくなった結果、乙を追跡できず、乙を逮捕することができなかった。

【事例3】における前記6の事実につき、丁に業務妨害罪の成立を否定しつつ(丁による怒号などは、公務執行妨害罪における暴行・脅迫には当たらないが、業務妨害罪における威力には当たることを前提とする。)、前記7の事実につき、丁に上記警察官5名に対する業務妨害罪の成立を肯定する立場からは、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか、論じなさい。なお、自らの見解を問うものではない。

References

伊藤正己, and 加藤一郎. (2005). 現代法学入門. 有斐閣.
厚生労働省. (2004). 在宅及び養護学校における日常的な医療の医学的・法律学的整理に関する研究会(第1回). In.
渡辺洋三. (1993). 法の常識. 有斐閣.