数学者のための統計力学1
Ising 模型とスピングラス
司馬博文
4/07/2024
6/28/2024
統計力学で用いられる種々の模型については前稿参照:
A Blog Entry on Bayesian Computation by an Applied Mathematician
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殆どの力学的現象は,相空間
例えば,
系が平衡状態にない場合は分子の衝突などを追加で考える必要があり,現在でも理論は発展中であるが,すでに平衡状態に至ったとみなせる場合には,この確率分布
仮に初期分布
従って,平衡分布は必ず
確率的な系も,確率分布の空間
これら3つの分布はどれもそれだけで完全なものではなく,熱力学極限において真に物理的に意味のある量になると理解する.
小正準測度
改めて,
このようにエネルギーが一定であるような力学系の集団をミクロカノニカル集団,この集団の分布,すなわちそのエネルギーに対応する全ての微視状態へ,等しい確率を持って存在するような分布をミクロカノニカル分布という.(久保亮五, 2003, p. 27)
孤立系など,エネルギー一定の系は Hamiltonian の等位集合上で運動をする.その上の小正準測度 / Gelfand-Leray 測度は,相空間上の自然な体積要素から誘導される.3 従って小正準分布は運動に関して不変ではあるが,だからと言ってどのようなマクロ系に対しても小正準分布が平衡分布になると約束する法則は何もない.孤立したマクロ系(エネルギー一定以外に制約がない場合)が小正準分布に従うことは,等重率の仮定の具体的な表現と見れる,一種のモデルの仮定である.4
系のエネルギーを指定するのではなく,逆温度を指定することで,相空間上で密度
古典気体の
また特に,Gibbs 測度の配置空間上での周辺分布は,configuration gas の Gibbs 測度に一致する.この意味で,古典気体の統計力学的性質は,configuration gas に帰着すると言える.
大雑把に捉えれば,エネルギー一定の力学系(例えば孤立系)の全ての状態の上の分布がミクロカノニカル分布であり,このエネルギーも動かした場合(例えば孤立系の部分系),各エネルギー上の分布はカノニカル分布になる.
すなわち,ある領域
一般に極めて多数の自由度を持つ力学系 B と,問題の対象たる一つの力学系 A(上の例では
個の粒子からなる系)とが結合しているときに,系 A の一つの微視状態の実現確率を与える.これはそのような条件の下に,前節に述べた等重率の仮定に代わるものである. 物理的な言葉に引き直せば,結局,熱容量の大きい物体と熱平衡を保つ任意の力学系の統計的分布を表す集団がカノニカル集団である.(久保亮五, 2003, p. 30)
大正準集団は,領域
この
これを基底測度として密度
小正準集団が正準集団になる際に,エネルギー一定の制約は解放されて,代わりに新たなパラメータ
大正準分布を粒子数一定の条件で条件付けて得る
熱力学極限
この極限 Gibbs 測度が複数存在したり,良い性質が失われたりする現象を 相転移 といい,その際の
熱力学では,系の変化が極めて緩慢であるために,一瞬一瞬において平衡状態が保たれているとみなせる物理的過程が扱われるため,大正準集団では
そして熱力学極限において,これら3集団は等価であるから,これらはパラメータ変換の問題でしかなく,さらにこのパラメータ空間上に別の関数も導入される.特にエントロピー
これらの熱力学的関数も,特定の統計力学的な量の熱力学極限として理解できる.
ただし,
極限 Gibbs 測度に依らずとも,次のように直接的な方法で相転移を定義することができる:
情報理論や統計学において,エントロピーは確率分布の不確実性として理解されている.
同様にして,熱力学的な相の変化は,エントロピーの急激な変化として検出されるわけである.
自由エネルギーは平均ポテンシャルとエントロピーの競争を表す量である.統計的には,周辺対数尤度として理解できる.
自由エネルギーが低い状態ほど現れやすい.このような見方はまさにベイズ因子によるモデル選択と同じ観点に立っていることになる.
また,自由エネルギーはキュムラント母関数でもあり,その微分係数は多くの統計学的な意味を持つ.
次の稿で紹介した I-MMSE 定理もその例である:
次の式は状態方程式と呼ばれ,(Metropolis et al., 1953) はこれの推定のために Monte Carlo 法を開発したのであった:
Metropolis et. al. [The Journal of Chemical Physics 21(1953) 1087-1092] は初の MCMC(乱歩 Metropolis 法)を,対称分布を Gibbs の正準分布として,“modified Monte Carlo scheme” という名前の下で提案した論文である.重点サンプリングを “Monte Carlo method” と呼び,「目標分布から直接サンプルを生成できるために提案分布と目標分布とのズレによる性能劣化がない」ことを美点として挙げている.この手法は後の (Hastings, 1970) による改良と併せて,Metropolis-Hastings 法と呼ばれるようになる.
(Minlos, 2000), (西森秀稔, 2003), (Baxter, 1982) の書籍と,(Faulkner and Livingstone, 2024) のレビューを参考にした.
運動は相空間の自然な体積形式 (Liouville 形式ともいう) を不変に保つという Liouville の定理 (Khinchin, 1949) は量子論でも成り立つ.(戸田盛和 et al., 2011, p. 23) これらの性質を抽象した形で,古典・量子力学は,統計力学に等重率の仮定を課す.↩︎
ただし,
これを Liouville 形式だけでなく Liouville 測度ということもあるようである (砂田利一, 2004).↩︎
等重率の仮定は量子論の観点から「マクロな量子系では,ある平衡状態に対応する許容される量子状態の全てが区別できない」と説明されることも多い.いずれにしろ極めて非自明な主張であるが,これを認めてみると良い理論を得る.実際 (田崎晴明, 2008, p. 89) では等重率の仮定を「戦略」「等重率の原理に基づく確率モデル」と説明している.いわば,統計モデルの1つであり,モデル選択の観点に立っているのである.↩︎
(Faulkner and Livingstone, 2024, pp. 4–5) 2.4節も参照.↩︎